村上春樹「1Q84」を読む

村上春樹の新作「1Q84」の売り上げが予約で40万部、発売一週間で上下巻計100万部を突破する勢いだそうである。出版元は発売直前まで発売日を極秘扱いしたそうだ。書評の類もまだ現われていない、この売れ行きはいったいどう理解したらいいのだろう。

2006年「海辺のカフカ」がチェコのカフカ賞を受賞、突如ノーベル文学賞候補に浮上したこと、今年の2月にイスラエルの文学賞である「エルサレム賞」を受賞、そして個の尊厳を謳った授賞式での堂々たるスピーチ、等が一番の理由と考えられるが,村上春樹の「物語の力」を求めている読者には今作は凄いものになるだろうという予感めいたものがあった。その期待がマグマのように噴出した、ことにもよるのではないか。僕自身発売初日に買ったのは初めてのことだ。

今年の2月15日、日本の金融財務大臣がイタリアで世界の失笑を買う事件を起こした同じ日、制度を高くて硬い壁に、それにぶつかって壊れる卵を個々人の精神にたとえたエルサレム賞のスピーチは胸がすく思いで聞いた。しかしこれは村上春樹の作品に通底しているテーマであって読者にとっては目新しいことではなかった。メディアには報道されなかった部分にこそ驚きがあった。このスピーチにおいて氏は初めて公に父親を語ったのだ。

「私の父は昨年、90歳で亡くなりました。父は元教師で、時折、僧侶をしていました。京都の大学院生だったとき、徴兵され、中国の戦場に送られました。戦後に生まれた私は、父が朝食前に毎日、長く深いお経を上げているのを見るのが日常でした。ある時、私は父になぜそういったことをするのかを尋ねました。父の答えは、戦場に散った人たちのために祈っているとのことでした。父は、敵であろうが味方であろうが区別なく、「すべて」の戦死者のために祈っているとのことでした。父が仏壇の前で正座している輝くような後ろ姿を見たとき、父の周りに死の影を感じたような気がしました。父は亡くなりました。父は私が決して知り得ない記憶も一緒に持っていってしまいました。しかし、父の周辺に潜んでいた死という存在が記憶に残っています。以上のことは父のことでわずかにお話しできることですが、最も重要なことの一つです。」

これまで氏は親のことをいっさい語ってこなかった。まるで触れてはいけないものかのように。「父親不在」の作家とも思われてきた。しかし上記のスピーチが語っているように、一人っ子の氏は父親の絶大な影響下にあったのだ。氏は中華料理の類を一切口に出来ない、というのは村上春樹読者周知の事実である。またデビュー作「風の歌を聴け」に中国人バーテンダー「ジェイ」が登場して以来、「中国」は何かの符号かのように彼の作品に現われては消えていた。父親を通して村上少年の心に刻まれた中国における戦争、死の記憶の絶望的なまでの深さ。

「1Q84」の内容を語る愚は避けよう。物語の整合性を含めおびただしい評論が世をにぎわすだろう。そして物語は読者の中で再構築されることになろう。でもちょっとだけ書かせてもらえれば、この小説は正吾、青豆という同年齢の男女の話が交互に章に書かれるのだが、青豆の教祖暗殺の部分は正吾の章を飛ばして読んだ。読み進みたい誘惑を押さえ切れなかった。素晴らしいストーリーテリングだ。ワクワク(素晴らしい文学作品に出会ったという意味で)し、ほろっとし、記憶がよみがえり、宙に放りだされる。作中の人物に氏がいみじくも語らせているように簡単に「読み解かれる」小説の体はなしていない。こんな小説にはなかなかお目にかかれない。世界の村上春樹読者に先駆け日本でこの作品に出会えたことを嬉しく思う。

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WHAT A FANTASTIC BEATLES NIGHT!

宮田あやこはこれまで3枚のポピュラークラシックスアルバムを作っている。その時々に心に触れた歌を歌っているのだが、常々贅沢をさせていただいているなあ!!と感じている。古今東西光り輝く名曲の数たるや星の数ほどもあり、そんな宝石の山から選りすぐっているのだから。3枚のアルバムどれもに選ばれている作曲家が二人おっと三人いる。ジョージ・ガーシュウィンとレノン&マッカートニー。最近作ではコール・ポーターの曲を5曲も歌っているので3枚すべてで彼らの曲を歌っているのは偶然に過ぎないかもしれないが、ジョージ・ガーシュウィン/ビートルズと並べてみると深い感慨にとらわれざるをえない。

今回はちょっとしたビートルズのお話。書き出したらきりがないので手短に。ビートルズの楽曲を使ったミュージカル「アクロス・ザ・ユニバース」を観た。劇場公開されたのは一昨年なので当然DVDで観たのだが、1960年代を舞台にしたストーリー、リアリティ&ファンタジーあふれる映像、そして何よりビートルズの楽曲の素晴らしさ。久々に爽やかな映画を観た。ビートルズのナンバーを何度も聴きなおした。

昨年「レコードコレクター」誌で評論家、読者によりビートルズベスト曲企画があったり、この9月にはリマスターされたビートルズの全作品が発売されるなど、ビートルズの話題が途切れることはない。

そんな折、ビートルズをアコースティックギター一本で再現したアルバムを発表して話題になった告井延隆さんのライブが8月17日(月)GERSHWINで開かれることになった。「WHAT A FANTASTIC BEATLES NIGHT!]と題する予定のこのライブ、あやこも参加しビートルズでとろける一夜にしたい。

あやこも「ALL MY LOVIN’」「AND I LOVE HER」「IF I FELL」「HOLD ME TIGHT」など手垢?がついているけれどやっぱ名曲!といった永年歌いたかった楽曲をこの際だから思う存分歌うつもり。告井さんとあやこのコラボ楽しみにしてください!

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VIVIDな音楽家たち

最近GERSHWINには若手音楽家がライブにプライベイトにと訪れてくれる。

3月1日に「白に還るひととき」と題されたライブは東京からiora(アイオラ)札幌(石狩)在住のシンガー&ソングライター田野崎文さんの出演。それぞれにメジャーレーベルからの作品を持つ実力派。ioraはiora the caravanという音楽家、芸術家集団でチームを作っている。今回は初の札幌公演ということもあって、周(ギター&ヴォーカル)桃(パーカッション&ヴォーカル)のメンバー二人と即興ペインティングアーティストの神田サオリさんが参加。情熱的で伸びやかな歌と演奏を披露。桃ちゃんの圧倒的ヴォーカル、周くんのパーカシティブなギター、堂々たるライブパフォーマンスは、近いうちにきっと全国に名をとどろかせるであろう予感にあふれていた。田野崎文さんは自作の歌を人柄そのままにホワッと表現。初めて彼女を聴く人でも、どこか懐かしい彼女の世界にたちどころに引き寄せられてしまう。4月には再び拠点を東京に移すそう。頑張って欲しい。神田サオリさんのライブペインティングも素敵だった。音楽により見る見る絵が表情を変える様はワクワクさせられた。様々なイベントで引っ張りだこの売れっ子なのに飾らない、謙虚な物腰には感心した。iora the caravan(今後は田野崎さんも加わるのかな?)その活動は本当に楽しみ。3月10日、11日の渋谷でのコンサートはとっくにチケットSOLD OUTとか、是非一度彼らの世界に触れて欲しい。

小樽在住のシンガー柿本七恵さんはGERSHWINで月一度ていどライブをおこなう。小樽市の観光大使に任命され、北海道新聞にコラムを書き、TVで盛んにオンエアーされる小樽の老舗「あまとう」の「マロンコロン」のCMソングを歌う。「火の町」はじめ楽曲のクオリティも高く、独特の容姿とヴォーカルは一見一聴にあたいする。是非いちどGERSHWIN LIVEにお越しを。現在ニューCD制作中とのこと。

SADDLESという東京で活動するバンドのCDを聴いた。全曲英語で歌われ、事前に知らなければ英米のニューバンドの作品と迷わず思ってしまう。オルタネイティブ・カントリー・ロックとでも呼べばいいのか、60&70’Sの音楽のニュアンスを取り入れ現代の作品として昇華させ、ご機嫌なロックンロールが聴ける。「サドルパル(SADDLE PAL)」という西部劇用語がある。カウボーイ同士の友情をあらわした用語らしいのだが、女性との恋愛より男同士の友愛を大事にするフロンティという男社会の中で自然に生まれた感情(映画を観ればわかること2川本三郎著より)SADDLESもメンバー間の絆の深さを音楽を通して感ずることができる。スマートさがある男くさい音楽だ。

同じタイプのバンドにコスモポリタン・カウボーイズがある。これも東京では絶大な人気があるそうだ。リーダーのHAL宮沢は札幌出身、80年代パラフレーズというバンドで札幌でカリスマ的人気を誇っていた。新譜が発売されるようでこれも楽しみにしている。

札幌在住のバンド スモゥルフィッシュ、sleepy.ab。スモゥルフィッシュは60&70’Sのフォーク&ロックへのオマージュがあり、一曲一曲に良質な手づくりの味わいがある。はっぴーえんどあたりが好きな人にはたまらないバンドだ。曲を書き歌っている磯部君は誠実で温厚な性格、実に熱心に昔の音楽を聴いている。WESS レコードよりアルバムを発表している。

sleepy.abのメンバーでは最初にドラムの津波君と知り合った。センチメンタル・シティ・ロマンスの札幌ライブでドラムをたたいたのが彼。いきなりの抜擢に、難なく確実な演奏でセンチに溶け込んだ。8ビートをあれだけ堂々と刻めるドラマーはここ久しく見た事がない。曲を書き歌っている成山剛くんは若いころのジャクソン・ブラウンやニール・ヤングを髣髴させる風貌で存在自体が音楽のような人だ。風のようなオーラが漂っている。東京のプロ音楽家が「どうやって音を作っているの」と聞きにくるほどの唯一無二な不思議なギターを弾く山内憲介君。ドラマティックにうなるベースと重い8ビートをひたすら刻むリズムをベーシックに浮遊するヴォーカルとギター。めくるめくsleepy.abワールドだ。作品のクオリティも飛びぬけている。たとえば「SCENE」という曲などを聴くたびに、音楽の深さに心打たれる。今や日本屈指のバンドが北海道にある。東京公演も常にソールド・アウト。しかし彼らはメジャーレーベルとの契約を急がないし、拠点も札幌に置いたままだ。アルバムはこれまで6枚発表。現在札幌芸森スタジオにおいて新作録音中。

若手音楽家からの心地よい刺激であやこ&僕も黙ってなんかいられない。。今年は日本語の曲も歌ってみたい。


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Dream a little dream 皆さんからのご意見

「Dream a little dream」には多くのリスナーの方たちから感想を戴いた。その多くは宮田あやこの以前の作品やライブを実際に聴いている方で、メディアの批評家たちとは明らかに一線を画した感想であった。そのほんの1部をご紹介しよう。

「まずは、ジャケットデザインよし、パッケージよしで、つい手にとってみたくなります。グッドです。素晴らしいです。いわゆる「美人ジャケ」は、ボクも何十枚かLPで持って いますが,それらに比べても、見劣りしないどころか、それらのなかに混ぜても存在感があります。」
「そして内容も、相変わらずソフトで艶やかで、暖かみのある声が数々の人生経験を経て、一段と説得力を増して います。粋でお洒落でスマートで・・・と歌の文句のようなできばえです。」
「スローナンバーも多く、それは、音程とかリズム感といったシンガーとしての資質を問われる危険な選曲ですが、敢えて、それを実行しているところに、自信を感じますし、安心して聴けるできになっているところに凄さを感じます。しかし、僕としては1,4,6のミディアムテンポの曲の方にあやこさんの魅力があるのではないかと思っています。」
「バックのピアノ、ギターのソロも実にいい雰囲気のソロで彩を添えて います。彼らのような中堅からベテランの域に入ろうかというミュージシャンの実力を、もっと日本中に知らしめたいものです。」

新聞社の文化講座でジャズを教えるなど、北海道ジャズの発展に尽力しておられるTM氏からの感想がいの一番にやってきた。50年以上ジャズを聴き続けトップミュージシャンとの交流も深い氏からの感想は本当に嬉しかった。特にジャケットデザインに関しては大冒険だったのでお褒め戴き正直ほっとした。

「届きました。聞きました。SEには驚きましたが、いい仕上がりですね。あたたかいムードを感じます。デザインもベネトンみたいでモードっぽい。きれいですね。」
共演のベーシスト加藤真一さんからのメール。ジャケット気に入っていただけたようだ。

「ジャケットデザイン渋谷系ですね」
ブライアン・ウイルソン信奉者お茶の水深瀬氏のジャケットに関しての発言

「すごく」素敵で聞き惚れて います。LOVE ME DOが大人の味つけでドキドキしました。」
大阪の如子さんからの感想。ありがとうございます。今作の「LOVE ME DO」はちょっとした自信作なのだが、なかなか感想をいただけない。どうしてだろう?嬉しいご意見だった。

「宮田あやこさんの温かく可愛く、ほんの少しハスキーな歌がとても好きです。バックのピアノをはじめとしてよい和が感じられます。「ロッカバイ」につづく大切な1枚になります。」
神奈川県正好さんからの感想。心温まる感想どうもありがとうございました。

「今回、彼女のアルバムを聞いて僕が感じたことは、決していわゆるジャズっぽく、本物っぽく歌うような背伸びしたジャズではなく、しっかりと地に足のついた音楽だということ。等身大の歌手として、地元札幌に根ざした音楽がここにある。音楽は東京に出なきゃできないという人も多くたくさんの人が上京してきている。しかし、札幌は音楽的にも素晴らしい環境があり、さらに、最高の大自然と食の宝庫がある。」
かつて青春時代を札幌で過ごした埼玉のざるにめろんさんのブログでの感想。あやこの歌の芯をしっかり聴いてくださっている。必ずしも音楽家がジャンルに帰属するとは限らない。本来自由なはず。他の誰でもない宮田あやこの歌が「Dream a little dream」 では聴ける。

「今回のアルバム、全然聴き手に媚びていない。あやこさんが好きな歌をみんなに好きになってもらうように作っている」
裕子さんからのご意見。そうですね、これでも結構コマーシャル(わかりやすく)に作っているつもりなのだが、たしかにサービス精神は足りないかも。どんなに多くの言葉を費やすよりも、正論を振りかざすよりも、1曲のポップソングが人生の真理を語り、僕らは頭をたれるだけ、ということが音楽のマジックにはある。そんな曲をこれからも歌い続けたい。

「まさに、あやこさんがライブで聴かせてくれているようなCDです。ありがとうございました。そして、お疲れさまでした。つややかで若々しいあやこさんの歌声がとても素敵です。デジタル録音の持つ原音再生と、アナログの持つまろやかさが理想的にMIXされましたね。The Beatlesの作品が2曲も挿入されているのには驚きました。絶妙なアレンジとあやこさんのグルーヴが最高です。」
クリフ・リチャード&シャドウズの研究家eugeneさんからの感想。常々あやこの声帯は日本人のものではないと持論を展開される氏は30年前の歌声を知っている。

「ROCKABYE 、DREAM A LITTLE DREAM・・アコちゃんの歌声はあの時のままだね。とりわけビートルズの2曲のスタンダードソングが気に入りました。あやこワールドですね。」
30年前一緒に演奏活動をおこなっていたマイク・ダン氏&靖子さんからも嬉しいお便りが。マイクはあやことの活動をパラシュートと並行しておこなっていたっけ。彼はヴォーカルも人柄も温かみがあって本当に素晴らしい。

熊本の江藤さん。徹底的にオーディオを追求する彼からのとりあえずメールをご紹介しよう。これでもずいぶん省略した。江藤さん勝手に編集してごめんなさい。メイン・システムで一回聴いただけでこの感想。新たな発見があったらまた教えてください。

「メインのシステムで音を出した瞬間、車内や居間のサブ・システムで聴いた印象とは全く異なることに気が付きました。それは、ハッとするほど、Hi -Fiな音でした。ご存知かもしれませんが、Hi-Fi(ハイファイ)とは、High Fidelityという高忠実度再生を表す言葉の略語で、原音に忠実という意味を持っています。また、オーディオやビジュアルでは(輪郭や細部などのが)明確であることや(映像の)高精細な状態をHigh-Definition(ハイディフィニション)と表現したりしますが、まさにこれに当たるものと思われます。先ほど、通しで1回聴いたのみですが、恐らく、そのひとつの極にあるものと感じました。」
「システム装置はヒートラン(暖機)なしで聴き始めたのですが、高度なシステムでは良質なソースを再生すると、最初硬く重心の高かった音がまろやかにしっとりと重心が下がって行く音の変化がはっきり判ります。「Dream a little dream」でも明確にこの状態が確認できました。さらに、スピーカーのサランネットを外して一音も聴き逃すまいと正対し、パワーアンプのMeterを off、CDトランポート・D/AコンバーターのDisplayをoffにしました。すると、一段、音の鮮度が向上しました。昨今の高級機には機器の照明をoffにすることによって、音声回路への悪影響を排除しさらに音質向上を図る機能が装備されているものがありますが、私のシステムでここまで音の鮮度が向上したことはかつてありませんでした。」
「音の傾向としては、徹底した高解像度。過去、メジャーレーベルで高音質と評判の新譜も数多く聴きましたが、「Dream a little dream」は群を抜いています! オーディオマニアはよく音像の定位や音場の再現を気にしますが、あやこさんのボーカルは常にピタリと一点中央に小さく再現されています。調整不良や低性能のシステムでは俗にビッグマウスという定位不明の大きな口が眼前に浮かびますが、あやこさんはまさにご本人が目の前で歌っているかのようです。(ただし、ラストの曲だけ少し印象が違ったようです)演奏の合間には奏者の息遣いや弦の鳴き音まで聴こえるようです。レコード会社の録音ではここまでとんがった録音は出来ないでしょう。」
「「Dream a little dream」は高解像度ゆえに、その“理想の演奏”に非常に近い位置にあると思います。以前「Rock A Bye」を評し、繊細な素描、写実的な描写で音場を画いているか のようであり、吐息のかかるような自然なナマっぽさがあると記しました。聴く者にやさしく語りかけるようでしたが、「Dream a little dream」は奏者たちが一体となって気迫を前面に押し出 してくるかのようです。聴く者を正対させるようなライブの迫力!高解像度がそれをさらに後押しします。」

今回STUDERミキシング・コンソールの使用を強く薦め、提供してくださった、エンジニア関井久夫さんの感想を最後に。氏の使用しているスピーカーは北海道に数台しかないないというレイオーディオ社製のもの。
「すごいよ!あやこさんが家に来て、そこで歌ってくれているようだ。」

「Dream a little dream」は1部オーディオファンや高級システム使用者だけをうならせるのではなく、どんな状況で聴いても皆さんに音楽が伝わるよう録音の小竹氏にお願いした。いくらでももっとマニアックな録音が可能だったはずだが、小竹氏は納得してくれた。そんな状況下、録音に関しては合格点をいただいたようだ。

「Dream a little dream」はアルバムタイトルが示しているように、派手な仕掛けがあるわけではなく、大向こうを唸らせる歌があるのでもない。音楽は嗜好品だ、今気に入らなくたっていい。でも何年かして再び聴いた時、いい音楽があったなと人々の心の片隅にそっと記憶されていればばそれでいい。いつかこのアルバムが皆さんの心に届くことを願っている。


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「Dream a little dream」 メディアの反応

宮田あやこ「Dream a little dream」への音楽メディアの反応をご紹介したい。

最初に紹介されたのがオーディオ総合誌「STEREO(11月号)」。オーディオ評論の巨匠斎藤宏嗣氏によ名物コーナー「今月の優秀録音」。ジャズ/ポピュラーから選出された9枚のうちの1枚に選ばれた。「メリハリの効いたバックからナチュラルで自然なボーカルが浮き上がり、パート間の分離もよい優秀録音盤」。前作「Rock a bye」でも斎藤氏は年間ベストテンに選出してくださった。今回の高評価も嬉しいものである。この号を最後に斎藤氏は闘病生活に入られこのコーナーをお休みしている。今回メディア関係にCDを発送したのは9月30日。10月19日発売のこの号に掲載されることは出版常識ではありえないはずなのだが、斎藤氏のご厚情で実現したように思う。感謝したい。また一日も早い健康回復と復帰を望みます。

季刊「Audio Accessory(2008WINTER)」では「優秀盤オーディオ・グレード」コーナーで井上良治氏が推薦盤4枚のうち1枚に選出。「熱い思いが伝わってくる歌声で、独自の味わいがあり、潤いがある。スパイスを効かせる感じのベース、歌うようなピアノが印象的。聴き込むほどに引き込まれ、いつしか夢のなかを彷徨う」。3ヶ月で4枚の内1枚に選ばれたのだからこれも高評価。スピーカー開発でも著名な井上氏の感想は心強く嬉しいものだ。

CDジャーナル(20091月号)CDレビューコーナー「じんわり感じる温かさは、重ねた歳月や彼女を救ってきた音楽への思いか」松永記代美氏。

オーディオ月間総合誌「MJ無線と実験(2009年1月号)」。オーディオ評論の重鎮小林貢氏のレビュー。「アナログライクなサウンド・・それだけに加工臭のない自然で純度の高いサウンドを得て、素顔の彼女のヴォーカルが聴ける。ピアノもギターもベースも実に自然な響きが得られ、ヴォーカルとの音量バランスもよく、圧迫感のないサウンドだ。」1頁の1/3のスペースを使っての紹介。自らもジャズレーベルを主宰、日本ジャズの歴史と共にある小林氏の評価はありがたく勇気づけられるものであった。

レコードコレクターズ(2009年1月号)高田敬三氏による「ジャズ/ポピュラー」新作案内。6枚が選ばれたうちの1枚。今回CDを送ったジャズ評論家は2名だけである。高田敬三さんはその1名。長年レコード・コレクター誌のレビューを書いていてジャズ/ポピュラーへの造詣の深さは尊敬に値する方だ。「スタンダード中心にビートルズ、バカラックも歌う。英語の表現など問題点もあるが、優しくぬくもりがありなんとなくひきつけられる歌だ。」
わずか16文字13行約200字のレビューだが、だからこそ書かれる側にとって一語一句に敏感にならざるを得ない。今月の6枚に選んでくださったことには感謝するけれども、看過できない表現が二箇所ある。まず「英語の表現」。「表現」が発音のことだとするとそれは先刻承知している。今や英語は世界の共通語。そこにはたとえばフランス人の英語が、インド人の英語が、そして日本人の英語がある。アメリカにだって様々な英語がある。日本人として出来るだけうそのないようにやるしかない。そんな部分で音楽家として評価されるなら、英語の歌などもうやめよう。ジャズ/スタンダードはアメリカ生まれの音楽で敬意をはらわなければならないのはもちろんだが、猿真似をやっていればいい時代はとっくに終わっている。もう一箇所。「なんとなくひきつけられる」。評論の本質は「説明しづらいこと」をどう表現するかにある。「なんとなく」の部分をを書くのがレビューの仕事のはず。定型的な感想は他の誰の感想よりも気になっていた高田さんのものだっただけに、ちょっぴり残念。

ロック/ポピュラー評論家天辰保文さんは彼自身のブログで紹介してくださった。「ジャズ・アルバムの体裁だがバカラックナンバーやビートルズナンバーもあり、しかもビートルズナンバーでも手垢のついた名曲の数々ではなく「ラヴ・ミー・ドゥー」」「ディス・ボーイ」あたりの選曲に、ちょっとしたこだわりが感じられる。そしてなによりも、過不足のない演奏と歌いっぷりが生み出す心地の良い空白の中にジャズだとかポップスだとかを超えた、歌への強くて暖かい気持ちがのぞいて見えた。」音楽の「なんとなく」をこんな素敵な文章で表現してくださった。天辰さんの文章からは音楽家の芽を摘み取らない暖かな視点をいつも感じる。

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我が永遠の女優たち               その1 ジュディ・ギースン

2009年の正月は映画三昧だった。録画しておいたけど何かが躊躇させ素直に観ることの出来ないでいた作品を主に観た。昨年末GERSHWINのお客様藪さんとの会話が僕自身の何かを刺激したようだ。

藪さんは僕より数歳年上の団塊世代真っ只中の方、10代の頃観た映画、特に女優の話で盛り上がることが多い。「キャロル・リンリーがプレイ・ボーイでヌードになった時は驚いたなあ」はぁ?その女優誰ですか?10代の数歳違いはその時代のトレンドが微妙にくいちがう。しかし1960年代10代をすごした僕らの世代にとって、憧れの女優がスクリーン、マガジンでその裸体、美しい肌をさらした時たるや、これはもう、驚天動地、茫然自失。本当ですか?世の中そんなことありですか?今思い返せば理想化、美化していた女性像が自分勝手な妄想であることを、社会に出て現実の女性を知るまでに予備学習させてくれていたのが、ヌードになった女優たちだったようにも思う。何回かに分けてそんな憧れだった「勇気ある」女優について語ろうと思う。いや語るなんてそんなおおげさなものじゃなく、ポスト団塊と呼ばれる世代の他愛のないおしゃべり。時間の無駄なのでそれ以外の世代の方はここで読み進むことどうぞおやめになっていただきたい。

正月に観た映画その1は英国映画「いつも心に太陽を」。シドニー・ポアチエ主演、主題歌はルルが歌い、アメリカでは1967年度ビルボード誌年間チャート1位を獲得した大ヒット曲だ。しかし不思議なことに本国イギリスではチャートインしていない。原題は「TO SIR 、WITH LOVE」。不良学生ばかりが集まる高校に、職がなく仕方なく教師として赴任した黒人技師ポアチエ。不良学生たちが、真面目なポアチエ先生に次第に心開いていくといったお決まりのストーリー。、先生に淡い恋心をいだく生徒役を演じたのが金髪でチャーミングなジュディ・ギースン。その存在感は共演のルルをも凌いだ。彼女が出演していなければこの映画は僕の記憶にとどまっただろうか。唇ぽっちゃり、たれ目で正当美人とはいえないルックスなのだが、10代は「あったとたんに一目ぼれ」の時期、惚れてしまえばあばたもえくぼ。ジュディ・ギースンの存在感は僕をノックアウトするに充分だった。
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そんな彼女の次の出演作品は「茂みの中の欲望」。ポルノ映画のようなすごいタイトルだが、原題は「HERE WE GO 'ROUND THE MULBERRY BUSH」ビートルズの公認伝記本といわれるバイオグラフィーを書いたハンター・デイビスの処女作を映画化した作品で、ヴァージニティを一日も早く失いたい少年がその体験と引き換えに現実の女性を知っていくといったストーリー。映画としては他愛のないものだが、60年代半ばの英国のファッション、風俗がふんだんに描かれ、主題歌はスティービー・ウインウッドのトラフィック。当初はポール・マッカトニーに主題歌を依頼したらしいのだが、実現しなかった。しかしそこでポールと知り合ったハンター・デイビスは先のビートルズバイオを数年後に発表する。同じく60年代半ば彼の奥方のマーガレット・フォスターが「ジョージー・ガール」という小説を発表、脚色、映画化され話題を呼んだものだ。

しかしこの映画の邦題はひどすぎる。札幌は東映パラスで上映された。普段から成人指定映画を数多く上映する映画館で、高校生の僕は学生帽を目深にかぶり、こそこそと入場したものだ。このタイトルのせいか、僕の映画バイブル双葉十三郎氏の「僕の採点評 60年代編」からもこの映画はもれている。

何人ものガールフレンドに翻弄され、女性の現実を知っていく主人公。ジュディ・ギースンは主人公憧れのマリー役。慎み深く、貞操観念もあり理想の少女として主人公の少年には映るが、誘ってみれば即OK。湖を全裸で泳ぎ湖のほとりで少年に身体を許す。恋の成就と思ったら彼女は翌朝次のボーイ・フレンドとデートのため彼は置いてきぼり。しかし当時スクリーンのこちら側にいる僕は、ストーリーなどそっちのけ。あんなに可愛いジュディがなぜ全裸に?!若き純真な心がかきみだされた。あのころスクリーン上で女優が(しかも10代の可憐な)ヌードになることは本当に驚きのことだったのだ。女性の現実というか大胆さを映画の主人公同様十二分に知らされたものだ。

ジュディー・ギースンは出演作を吟味すれば後世に名を残す女優にもなれたように思う。その後深夜映画で30代後半の彼女の作品を偶然観るが、残念ながらENGLISH ROSEとも呼ばれた10代の頃の魅力は感じなかった。しかし「いつも心に太陽を」「茂みの中の欲望」女性の真理を知らしめてくれたこの2作だけで、僕には永遠の女優として記憶にとどまっている。

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我が永遠の女優たち                          その2 ジョアンナ・シムカス

2001年のアカデミー賞授賞式。アカデミー名誉賞を受賞したのは「いつも心に太陽を」に主演した黒人俳優シドニー・ポアチエ。「野のゆり」の演技でアカデミー主演男優賞を受賞。「手錠のままの脱獄」「招かれざる客」「夜の大走査線」などにも出演した、誰もが認める主役をはれる黒人俳優の先駆け的な人。アカデミー授賞式貴賓席に招かれた家族たち、その中に二人の子供と共にポアチエ氏夫人であるジョアンナ・シムカスの姿を見たときは特別な感慨があった。ふくよかになったけど面影はしっかりあの頃のままだ。

ジョアンナ・シムカスはカナダ出身。フランスに渡り、モデルとしての仕事を重ねるうち女優業に進出。ロベール・アンリコ監督「冒険者たち」レティーシャ役で、知る人ぞ知るあの時代のマドンナ的存在となる。

僕はプレゼント下手だし、プレゼントをもらってもそんなに嬉しくはないタイプ。でもお客様の岡田さんからいただいたヴィデオ・テープは心から嬉しかった。それはジョアンナ・シムカスが主演した1969年作フランス映画ロベール・アンリコ監督の「若草の萌えるころ」。僕がジョアンナ・シムカスのファンだと知って、岡田氏が中古ヴィデオテープで見つけてくれたもの。もう10年以上前の話だ。何度も見直したい映画がある。しかしたった一度観ただけれど心にしまっておきたい大切な映画もある。「若草の萌えるころ」は僕にとってその後者の映画だった。だから岡田氏にプレゼントしてもらってからも封印をとくことはなかった。このヴィデオを持っているだけで満足だった。

しかしパンドラの箱は2009年開けられた。理由は分からない。僕の中で何かの踏ん切りがついたのか。40年ぶりに観た「若草の萌えるころ」。原題は「ジタ叔母さん」スペイン紛争に参加行方知らずになった父親のいない彼女を大切に育ててくれたジタ叔母さんが重症の脳卒中に倒れ、いたたまれなく家を出たアニーの一晩の冒険(アバンチュール)を描いた映画。映画の詩人と謳われたロベール・アンリコが当時熱愛していたとも噂されたジョアンナ・シムカスを主役に描いたジョアンナの魅力全開のこの作品。ジョアンナ・シムカス主演の唯一の作品でもある。
Zyoannashimukasu

全編が詩情にあふれ、穏やかなテンポのこの作品は村上春樹のある作品に影響を与えた映画だそうな。断片的なストリーこそあるけれど、この映画はロベール・アンリコがジョアンナ・シムカスに捧げた愛の作品だ。一人の男がどれほど愛した女性の魅力をフィルムに定着させることが出来るか、その成就がこの作品のすべてと言っていい。一晩のアバンチュールを終えて帰宅したアニー、叔母の死を告げられても人生の摂理と受け止めることが出来るようになったアニーの表情の美しさといったら・・。このジョアンナ・シムカスのワン・カットのためにアンリコは作品を撮った。

知り合ったばかりのベース奏者との情事。大人の世界に足を踏み入れる、ジョアンナの裸体。愛し信頼している演出家だからこそ、受諾したと思われるシーン。映画芸術の奥深さに触れたワンシーン。ジョアンア・シムカスの美しい裸体はその後の僕の人生に多くのサジェッションを与えてくれた。

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我が永遠の女優たち              その3 マリアンヌ・フェイスフル

北海道新聞朝刊のコラムにこんな内容のものがあった。筆者の方が5歳の時重い疫痢にかかり隔離され、長い闘病の退院前夜看護婦さんと一緒に入浴、その玉の肌、豊かな胸・・強烈な印象で永遠のマドンナとして記憶していたのだが、数十年後父親の法事でそのことを母親に話したら、それは私よと笑われたというお話。母親の記憶の変質かも知れず、真偽のほどは定かではないようだが、こういった記憶の変質は、僕にとっても歳を重ねるほどに多くなった。

60年代、僕にとっての重要な映画マリアンヌ・フェイスフル主演「あの胸にもういちど」。まだ寝ている夫のベッドから抜け出し裸体に黒いつなぎのレーサー服を着て、ハーレーを駆って愛人(アラン・ドロン)の元へと向かうマリアンヌ。愛人との過去のこと、これから起こりうること、想像をめぐらし走りつづける、ただそのことだけを描いた映画なのだが、マリアンヌ・フェイスフルの魅力なくしてこの映画は成立しない。

Images
僕にとって忘れられないシーンは、愛人の下へようやくたどり着いたマリアンヌ、ドロンの腕の中へ。熱いキッスのあと、ドロンは黒いつなぎのジッパーを一気に開け豊かなマリアンヌの胸を愛撫する・・。先ほどのコラム筆者の話ではないが、僕にとっての女性の乳房の印象はあの時決まったのではと思えるほど鮮烈だった。あの天使と悪魔が同居するかのようなマリアンヌの白い肌、柔らかで豊かな胸。数十年後ヴィデオを入手した。どきどきしながらその場面を待った。だが・・ない?!あれだけ印象的だった場面がない!この映画はいくつかの編集版があり、ひょっとしてカットされた可能性もあるが、僕自身の記憶の変質も考えられる。その後妄想たくましくシーンを自分のイメージに代えたのかも・・。

マリアンヌ・フェイスフルの「あの胸にもういちど」以来38年ぶりの主演映画「やわらかい手」を観た。実直に生きてきた60歳のマギー。夫を亡くし一人暮らしをしているが一人息子の孫が難病に犯され、高額の医療を受けなければ余命いくばくもないと医師に告げられる。マギーは風俗店の従業員募集のポスターをはたまたま見つけ、面接に。店のオーナーが彼女のやわらかな手に眼をつけ、壁を隔てて男性を慰める仕事を与える。「IRENA PALM」と名づけられた彼女のコーナーは行列が出来、他店のオーナーがスカウトに来るほど大繁盛。XXX肘と名づけられた職業病、息子の誤解、オーナーとの恋などの話が散りばめられた、心温まる映画だ。「あの胸にもういちど」同様マリアンヌの存在感なくして生まれ得なかった名作といって良い。

この映画でのマリアンヌ、たっぷり脂肪のついた体型、疲れた肌、あのオートバイをまたいだ颯爽としたマリアンヌの面影はない。実生活ではアバンギャルドな音楽を生み出し続けるシンガー.。天使のささやきと謳われた歌声もしわがれただみ声に変わった。しかしデビュー曲「AS TEARS GO BY」を今歌うマリアンヌの存在の重さといったら。

17歳で結婚し多くの異性と浮名を流し、その奔放さは僕らを魅了した。どっぷり貫禄のついた今でもその存在感は異彩を放っている。ホリーズ1967年のスマッシュヒット「キャリーアン」はメンバーのグラハム・ナッシュがこっそり憧れのマリアンヌ・フェイスフルに捧げた曲だ。マリアンヌ→キャリイアンヌ。

You're so, so like a woman to me
Oh like a woman to me
So, so like a woman to me
Like a woman to me 
CARRIE ANNE by GRAHAM NASH

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LET ME TAKE YOU DOWN            昭和30年代の宮の森

12月9日、10日と札幌は気温が10度をこえ穏やかな天気が続き、積雪もなくなった。この季節としては10数年ぶりの暖かさだそうである。久しぶりに散歩に繰り出してみた。春以降今年はよく歩いた。健康維持(老化防止?)と購入したデジタル一眼レフカメラのトレーニングを兼ねてのウオーキングだったのだが、生まれて以来ずっと住みつづける札幌市中央区は宮の森を歩いた。自然を切り開き住宅が増え、ウサギもいた小山もすっかり整備され、ウオーキングコースに生まれ変わっているが、ところどころに昔の面影を残している。

今日歩いた宮の森緑地と呼ばれる遊歩道は僕らが少年の頃「なまこ山」と呼んだ小山だった。冬斜面がスキー場になった。スキー場といってもリフトがあるわけでなく、斜面に木々が乱立し、でこぼこゲレンデだった。近くにぼうず山、三角山があったから、ここは小学生の度胸試しの直滑降コースとして使われた。あの頃少年のスキーといえば、直滑降かジャンプ。どれだけ斜面の上から滑られるか、どれだけ大きなジャンプ台で飛べるかが勇気の証だった。

このなまこ山は後に知ることになるのだが政商と呼ばれた故萩原吉太郎氏の北炭の所有物だった。この山すそを切り開き住宅地として整地しその土地は横綱大鵬はじめ政治家、スポーツ選手、芸能人たちに贈られた。豪華な別荘風の住宅が立ちはじめ、札幌市のお偉いさん、成金さん,拓銀社員が多く住んだ。そのおかげで不便な立地ながら道路整備、除雪は行き届いた。1970年前後、渡辺淳一が小説でそんな宮の森を新興高級住宅街として描いた。そのあたりから宮の森は高級住宅地として名が定着した。

僕に言わせりゃ、あっちょんぷりけに猫のふんどし?ってなもんですよ。ちゃんちゃらおかしい。あの頃の宮の森は子供の背丈より高い迷子になるほどの牧草地、どじょう、トン魚取り放題の小川、リンゴ農園、蛙の歌が聞こえる水田、学校帰りに寄り道する泉沢牧場、ミンク飼育場があった。そして冬は今とは比べ物にならないくらい極寒で雪は厳しいものだった。吹雪になると授業は中止、班ごとに集団下校した。道路からちょっと奥まった家は道路までスキーを履いた(スキーは履くのだ。でなければ雪に埋まって歩けない)。でもそんな冬を住民は楽しみもした。親の冬の重要な仕事は子供にスキーを教えることだった。子供たちはスキー(カンダハってやつね)に銀パラたっぷり塗って、お尻に割れ目のあるつなぎの股引はいて粗末な防寒着で冬の娯楽を楽しんだ。夕暮れになるとスキーを履いたまま我が家に戻った。石炭ストーブで冷え切った手足を暖める時のしあわせと言ったら・・。北海道のどこにでもあったありふれた光景、場所。

NOTHING IS REAL,AND NOTHING TO GET HUNG ABOUT
でも、目をつむると50年前の宮の森に僕はいつでも行ける。宮の森よ永遠に。

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「Dream a little dreamコンサート 」      心のカイロになったかな?

宮田あやこ「Dream a little dreamコンサート」を終えた。会場は札幌グランドホテル オールドサルーン1934.本当はもっと大きなホールでの開催も考えたのだけど、ジャズ・コンサートというのはお客様にもリラックスしていただくのが一番。それにはやっぱり良い酒とおつまみが欲しい。クラシックコンサートじゃないんだから連れ合いの方と軽い会話をしながら鑑賞してくださっても大いに結構。ジャズライブの名盤には明らかに演奏と関係ない笑いが聴こえるものがあったりもする。どんなアクシデントがあっても動揺しない強靭さがなければジャズミュージシャンは務まらない。また彼らは同じ演奏を決して繰り返さない。どれだけ多くの引き出しを持つかでジャズミュージシャンとしての力量が問われる。

例えば今回演奏された「AGAIN」。本番で突然アレンジが変更され豊口健は演奏を休み、山本敏嗣のギター、柳真也のベースのみのバックで演奏された。驚いたのはあやこだけど、そこで動揺してなどいられない。2部では前後の流れから「FALLING IN LOVE AGAIN」が豊口健の指示で突然後半ボサノヴァアレンジに。かつてそんなアレンジでこの曲が演奏されたことはない。リハーサルから付き合っている僕はそのつど冷や汗タラ・・(^^;)しかし彼らはそんな時ほど楽しそうに演奏している。あやこもタフになってきた。彼女が必ずしもジャズ・ミュージシャンだとは思わないが、そんな変化を楽しめる音楽家になってきた。
2008年11月16日(日) 
札幌グランドホテル オールドサルーン1934
1部
KEN'S TRIO OPENING MUSIC
1.YOU DO SOMETHING TO ME
2.I LOVES YOU PORGY
3.’S WONDERFUL
4.YOU TOOK ADVANTAGE OF ME
5.I’M IN THE MOOD FOR LOVE
6.DO’CHA GO ‘WAY MAD
7.QUE SERA SERA
8. JUST SQUEEZE ME
9.AGAIN
10.I’VE GOT YOU UNDER MY SKIN

ENCORE
OVER THE RAINBOW


2部
KEN PLAYS ACCORDION
1.THE APRIL FOOLS
2.DREAM A LITTLE DREAM OF ME
3.MY OLD FLAME
4 IT’S ALL RIGHT WITH ME
5..FALLING IN LOVE AGAIN
6.THIS BOY
7.LOVE ME DO
8.IN THE STILL OF THE NIGHT
9.I’VE GOT A WORLD ON A STRING
10.TRY TO REMEMBER
11. I HEAR MUSIC

ENCORE
HAVE YOURSELF A MERRY LITTLE CHRISTMAS

今年は1部、2部入れ替え制にしたので、それぞれに全力投球。1部1時間15分 2部1時間25分のヴォリューム。2部ともお聴きになった方たちは満腹感をお持ちになったのでは?1部「DON'CHAGO'WAY MAD」前奏で柳真也はCDの加藤真一のベースフレーズを再現(嬉しかったよ♪)し間奏のソロでは大暴れ。会場を大興奮に。人生はケセラセラ、自然に任せなさいとのメッセージの「ケセラセラ」。この曲をあやこは今回のステージのため10数年ぶりに歌った。豊口健のアコーディオンも最高。ポップス(流行歌)でもいやポップスだからこそ大きなメッセージを持てるという一例を示した。いやそんな理屈抜きに、この曲では観客の皆さんがきっと心の中で一緒に幸せに歌っていたはず。

2部は落ち着いた雰囲気。徐々にペースを上げてきていた山本敏嗣のギター「DREAM A LITTLE DREAM OF ME」のほのぼのとした演奏は素晴らしく、「LOVE ME DO」のソロでは炸裂。最高のグルーブ感を生み出した。
T嬢が「泣きそうになっちゃった」と感想を述べてくれたあやこと豊口健による「IN THE STILL OF THE NIGHT」。

世知辛い世の中で、つい後ろ向きの考えをしてしまいがちな昨今。そんな時こそ、昔の友人に会ったり、お酒を飲んだり、映画を観たり、音楽を楽しんだり、ゲームをしたり・・幸せな時間に自分をおいてみるといろいろな可能性が世の中にはあふれていることに気付くはず。

皆さんがあたたかな年末を迎えられますように。

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