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我が永遠の女優たち               その1 ジュディ・ギースン

2009年の正月は映画三昧だった。録画しておいたけど何かが躊躇させ素直に観ることの出来ないでいた作品を主に観た。昨年末GERSHWINのお客様藪さんとの会話が僕自身の何かを刺激したようだ。

藪さんは僕より数歳年上の団塊世代真っ只中の方、10代の頃観た映画、特に女優の話で盛り上がることが多い。「キャロル・リンリーがプレイ・ボーイでヌードになった時は驚いたなあ」はぁ?その女優誰ですか?10代の数歳違いはその時代のトレンドが微妙にくいちがう。しかし1960年代10代をすごした僕らの世代にとって、憧れの女優がスクリーン、マガジンでその裸体、美しい肌をさらした時たるや、これはもう、驚天動地、茫然自失。本当ですか?世の中そんなことありですか?今思い返せば理想化、美化していた女性像が自分勝手な妄想であることを、社会に出て現実の女性を知るまでに予備学習させてくれていたのが、ヌードになった女優たちだったようにも思う。何回かに分けてそんな憧れだった「勇気ある」女優について語ろうと思う。いや語るなんてそんなおおげさなものじゃなく、ポスト団塊と呼ばれる世代の他愛のないおしゃべり。時間の無駄なのでそれ以外の世代の方はここで読み進むことどうぞおやめになっていただきたい。

正月に観た映画その1は英国映画「いつも心に太陽を」。シドニー・ポアチエ主演、主題歌はルルが歌い、アメリカでは1967年度ビルボード誌年間チャート1位を獲得した大ヒット曲だ。しかし不思議なことに本国イギリスではチャートインしていない。原題は「TO SIR 、WITH LOVE」。不良学生ばかりが集まる高校に、職がなく仕方なく教師として赴任した黒人技師ポアチエ。不良学生たちが、真面目なポアチエ先生に次第に心開いていくといったお決まりのストーリー。、先生に淡い恋心をいだく生徒役を演じたのが金髪でチャーミングなジュディ・ギースン。その存在感は共演のルルをも凌いだ。彼女が出演していなければこの映画は僕の記憶にとどまっただろうか。唇ぽっちゃり、たれ目で正当美人とはいえないルックスなのだが、10代は「あったとたんに一目ぼれ」の時期、惚れてしまえばあばたもえくぼ。ジュディ・ギースンの存在感は僕をノックアウトするに充分だった。
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そんな彼女の次の出演作品は「茂みの中の欲望」。ポルノ映画のようなすごいタイトルだが、原題は「HERE WE GO 'ROUND THE MULBERRY BUSH」ビートルズの公認伝記本といわれるバイオグラフィーを書いたハンター・デイビスの処女作を映画化した作品で、ヴァージニティを一日も早く失いたい少年がその体験と引き換えに現実の女性を知っていくといったストーリー。映画としては他愛のないものだが、60年代半ばの英国のファッション、風俗がふんだんに描かれ、主題歌はスティービー・ウインウッドのトラフィック。当初はポール・マッカトニーに主題歌を依頼したらしいのだが、実現しなかった。しかしそこでポールと知り合ったハンター・デイビスは先のビートルズバイオを数年後に発表する。同じく60年代半ば彼の奥方のマーガレット・フォスターが「ジョージー・ガール」という小説を発表、脚色、映画化され話題を呼んだものだ。

しかしこの映画の邦題はひどすぎる。札幌は東映パラスで上映された。普段から成人指定映画を数多く上映する映画館で、高校生の僕は学生帽を目深にかぶり、こそこそと入場したものだ。このタイトルのせいか、僕の映画バイブル双葉十三郎氏の「僕の採点評 60年代編」からもこの映画はもれている。

何人ものガールフレンドに翻弄され、女性の現実を知っていく主人公。ジュディ・ギースンは主人公憧れのマリー役。慎み深く、貞操観念もあり理想の少女として主人公の少年には映るが、誘ってみれば即OK。湖を全裸で泳ぎ湖のほとりで少年に身体を許す。恋の成就と思ったら彼女は翌朝次のボーイ・フレンドとデートのため彼は置いてきぼり。しかし当時スクリーンのこちら側にいる僕は、ストーリーなどそっちのけ。あんなに可愛いジュディがなぜ全裸に?!若き純真な心がかきみだされた。あのころスクリーン上で女優が(しかも10代の可憐な)ヌードになることは本当に驚きのことだったのだ。女性の現実というか大胆さを映画の主人公同様十二分に知らされたものだ。

ジュディー・ギースンは出演作を吟味すれば後世に名を残す女優にもなれたように思う。その後深夜映画で30代後半の彼女の作品を偶然観るが、残念ながらENGLISH ROSEとも呼ばれた10代の頃の魅力は感じなかった。しかし「いつも心に太陽を」「茂みの中の欲望」女性の真理を知らしめてくれたこの2作だけで、僕には永遠の女優として記憶にとどまっている。

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我が永遠の女優たち                          その2 ジョアンナ・シムカス

2001年のアカデミー賞授賞式。アカデミー名誉賞を受賞したのは「いつも心に太陽を」に主演した黒人俳優シドニー・ポワチエ。「野のゆり」の演技でアカデミー主演男優賞を受賞。「手錠のままの脱獄」「招かれざる客」「夜の大走査線」などにも出演した、誰もが認める主役をはれる黒人俳優の先駆け的な人。アカデミー授賞式貴賓席に招かれた家族たち、その中に二人の子供と共にポワチエ氏夫人であるジョアンナ・シムカスの姿を見たときは特別な感慨があった。ふくよかになったけど面影はしっかりあの頃のままだ。

ジョアンナ・シムカスはカナダ出身。フランスに渡り、モデルとしての仕事を重ねるうち女優業に進出。ロベール・アンリコ監督「冒険者たち」レティーシャ役で、知る人ぞ知るあの時代のマドンナ的存在となる。

僕はプレゼント下手だし、プレゼントをもらってもそんなに嬉しくはないタイプ。でもお客様の岡田さんからいただいたヴィデオ・テープは心から嬉しかった。それはジョアンナ・シムカスが主演した1969年作フランス映画ロベール・アンリコ監督の「若草の萌えるころ」。僕がジョアンナ・シムカスのファンだと知って、岡田氏が中古ヴィデオテープで見つけてくれたもの。もう10年以上前の話だ。何度も見直したい映画がある。しかしたった一度観ただけだけれど心にしまっておきたい大切な映画もある。「若草の萌えるころ」は僕にとってその後者の映画だった。だから岡田氏にプレゼントしてもらってからも封印をとくことはなかった。このヴィデオを持っているだけで満足だった。

しかしパンドラの箱は2009年開けられた。理由は分からない。僕の中で何かの踏ん切りがついたのか。40年ぶりに観た「若草の萌えるころ」。原題は「ジタ叔母さん」スペイン紛争に参加行方知らずになった父親のいない彼女を大切に育ててくれたジタ叔母さんが重症の脳卒中に倒れ、いたたまれなく家を出たアニーの一晩の冒険(アバンチュール)を描いた映画。映画の詩人と謳われたロベール・アンリコが当時熱愛していたとも噂されたジョアンナ・シムカスを主役に描いたジョアンナの魅力全開のこの作品。ジョアンナ・シムカス主演の唯一の作品でもある。
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全編が詩情にあふれ、穏やかなテンポのこの作品は村上春樹のある作品に影響を与えた映画だそうな。断片的なストリーこそあるけれど、この映画はロベール・アンリコがジョアンナ・シムカスに捧げた愛の作品だ。一人の男がどれほど愛した女性の魅力をフィルムに定着させることが出来るか、その成就がこの作品のすべてと言っていい。一晩のアバンチュールを終えて帰宅したアニー、叔母の死を告げられても人生の摂理と受け止めることが出来るようになったアニーの表情の美しさといったら・・。このジョアンナ・シムカスのワン・カットのためにアンリコは作品を撮った。

知り合ったばかりのベース奏者との情事。大人の世界に足を踏み入れる、ジョアンナの裸体。愛し信頼している演出家だからこそ、受諾したと思われるシーン。映画芸術の奥深さに触れたワンシーン。ジョアンナ・シムカスの美しい裸体はその後の僕の人生に多くのサジェッションを与えてくれた。

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我が永遠の女優たち              その3 マリアンヌ・フェイスフル

北海道新聞朝刊のコラムにこんな内容のものがあった。筆者の方が5歳の時重い疫痢にかかり隔離され、長い闘病の退院前夜看護婦さんと一緒に入浴、その玉の肌、豊かな胸・・強烈な印象で永遠のマドンナとして記憶していたのだが、数十年後父親の法事でそのことを母親に話したら、それは私よと笑われたというお話。母親の記憶の変質かも知れず、真偽のほどは定かではないようだが、こういった記憶の変質は、僕にとっても歳を重ねるほどに多くなった。

60年代、僕にとっての重要な映画マリアンヌ・フェイスフル主演「あの胸にもういちど」。まだ寝ている夫のベッドから抜け出し裸体に黒いつなぎのレーサー服を着て、ハーレーを駆って愛人(アラン・ドロン)の元へと向かうマリアンヌ。愛人との過去のこと、これから起こりうること、想像をめぐらし走りつづける、ただそのことだけを描いた映画なのだが、マリアンヌ・フェイスフルの魅力なくしてこの映画は成立しない。

Images
僕にとって忘れられないシーンは、愛人の下へようやくたどり着いたマリアンヌ、ドロンの腕の中へ。熱いキッスのあと、ドロンは黒いつなぎのジッパーを一気に開け豊かなマリアンヌの胸を愛撫する・・。先ほどのコラム筆者の話ではないが、僕にとっての女性の乳房の印象はあの時決まったのではと思えるほど鮮烈だった。あの天使と悪魔が同居するかのようなマリアンヌの白い肌、柔らかで豊かな胸。数十年後ヴィデオを入手した。どきどきしながらその場面を待った。だが・・ない?!あれだけ印象的だった場面がない!この映画はいくつかの編集版があり、ひょっとしてカットされた可能性もあるが、僕自身の記憶の変質も考えられる。その後妄想たくましくシーンを自分のイメージに代えたのかも・・。

マリアンヌ・フェイスフルの「あの胸にもういちど」以来38年ぶりの主演映画「やわらかい手」を観た。実直に生きてきた60歳のマギー。夫を亡くし一人暮らしをしているが一人息子の孫が難病に犯され、高額の医療を受けなければ余命いくばくもないと医師に告げられる。マギーは風俗店の従業員募集のポスターをはたまたま見つけ、面接に。店のオーナーが彼女のやわらかな手に眼をつけ、壁を隔てて男性を慰める仕事を与える。「IRENA PALM」と名づけられた彼女のコーナーは行列が出来、他店のオーナーがスカウトに来るほど大繁盛。XXX肘と名づけられた職業病、息子の誤解、オーナーとの恋などの話が散りばめられた、心温まる映画だ。「あの胸にもういちど」同様マリアンヌの存在感なくして生まれ得なかった名作といって良い。

この映画でのマリアンヌ、たっぷり脂肪のついた体型、疲れた肌、あのオートバイをまたいだ颯爽としたマリアンヌの面影はない。実生活ではアバンギャルドな音楽を生み出し続けるシンガー.。天使のささやきと謳われた歌声もしわがれただみ声に変わった。しかしデビュー曲「AS TEARS GO BY」を今歌うマリアンヌの存在の重さといったら。

17歳で結婚し多くの異性と浮名を流し、その奔放さは僕らを魅了した。どっぷり貫禄のついた今でもその存在感は異彩を放っている。ホリーズ1967年のスマッシュヒット「キャリーアン」はメンバーのグラハム・ナッシュがこっそり憧れのマリアンヌ・フェイスフルに捧げた曲だ。マリアンヌ→キャリイアンヌ。

You're so, so like a woman to me
Oh like a woman to me
So, so like a woman to me
Like a woman to me 
CARRIE ANNE by GRAHAM NASH

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