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村上春樹「1Q84」を読む

村上春樹の新作「1Q84」の売り上げが予約で40万部、発売一週間で上下巻計100万部を突破する勢いだそうである。出版元は発売直前まで発売日を極秘扱いしたそうだ。書評の類もまだ現われていない、この売れ行きはいったいどう理解したらいいのだろう。

2006年「海辺のカフカ」がチェコのカフカ賞を受賞、突如ノーベル文学賞候補に浮上したこと、今年の2月にイスラエルの文学賞である「エルサレム賞」を受賞、そして個の尊厳を謳った授賞式での堂々たるスピーチ、等が一番の理由と考えられるが,村上春樹の「物語の力」を求めている読者には今作は凄いものになるだろうという予感めいたものがあった。その期待がマグマのように噴出した、ことにもよるのではないか。僕自身発売初日に買ったのは初めてのことだ。

今年の2月15日、日本の金融財務大臣がイタリアで世界の失笑を買う事件を起こした同じ日、制度を高くて硬い壁に、それにぶつかって壊れる卵を個々人の精神にたとえたエルサレム賞のスピーチは胸がすく思いで聞いた。しかしこれは村上春樹の作品に通底しているテーマであって読者にとっては目新しいことではなかった。メディアには報道されなかった部分にこそ驚きがあった。このスピーチにおいて氏は初めて公に父親を語ったのだ。

「私の父は昨年、90歳で亡くなりました。父は元教師で、時折、僧侶をしていました。京都の大学院生だったとき、徴兵され、中国の戦場に送られました。戦後に生まれた私は、父が朝食前に毎日、長く深いお経を上げているのを見るのが日常でした。ある時、私は父になぜそういったことをするのかを尋ねました。父の答えは、戦場に散った人たちのために祈っているとのことでした。父は、敵であろうが味方であろうが区別なく、「すべて」の戦死者のために祈っているとのことでした。父が仏壇の前で正座している輝くような後ろ姿を見たとき、父の周りに死の影を感じたような気がしました。父は亡くなりました。父は私が決して知り得ない記憶も一緒に持っていってしまいました。しかし、父の周辺に潜んでいた死という存在が記憶に残っています。以上のことは父のことでわずかにお話しできることですが、最も重要なことの一つです。」

これまで氏は親のことをいっさい語ってこなかった。まるで触れてはいけないものかのように。「父親不在」の作家とも思われてきた。しかし上記のスピーチが語っているように、一人っ子の氏は父親の絶大な影響下にあったのだ。氏は中華料理の類を一切口に出来ない、というのは村上春樹読者周知の事実である。またデビュー作「風の歌を聴け」に中国人バーテンダー「ジェイ」が登場して以来、「中国」は何かの符号かのように彼の作品に現われては消えていた。父親を通して村上少年の心に刻まれた中国における戦争、死の記憶の絶望的なまでの深さ。

「1Q84」の内容を語る愚は避けよう。物語の整合性を含めおびただしい評論が世をにぎわすだろう。そして物語は読者の中で再構築されることになろう。でもちょっとだけ書かせてもらえれば、この小説は正吾、青豆という同年齢の男女の話が交互に章に書かれるのだが、青豆の教祖暗殺の部分は正吾の章を飛ばして読んだ。読み進みたい誘惑を押さえ切れなかった。素晴らしいストーリーテリングだ。ワクワク(素晴らしい文学作品に出会ったという意味で)し、ほろっとし、記憶がよみがえり、宙に放りだされる。作中の人物に氏がいみじくも語らせているように簡単に「読み解かれる」小説の体はなしていない。こんな小説にはなかなかお目にかかれない。世界の村上春樹読者に先駆け日本でこの作品に出会えたことを嬉しく思う。

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