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加藤和彦氏逝く~今年亡くなった音楽家

加藤和彦さんが自殺によりこの世を去られたそうである。蚊の止まりそうな線の細いヴォーカル。彼が書いた彼自身の歌う歌は好きになれなかった。「あの素晴らしい愛をもう一度」はこの世の中で大嫌いな曲の一つ。彼の音楽に打ちのめされたことはないけれど、ベッツィ&クリスの曲など女性歌手がさわやかに軽やかに歌う曲は好きだったし、吉田拓郎「結婚しようよ」のアレンジもお見事だった。オレンジ色だったか黄色だったかに染めた髪で「サイクリングブギ」を歌う姿をTVで見た時にはぶっ飛んだ。1973~4年のころだ。何より情報先取り発信能力がケタ外れていた。「ギンガム」という日本初といわれているPAシステム会社を起したのは彼だ。ステージ以外では、「シャナナ」などコンサート会場で何度か見かけた。遠くからでも一目で彼とわかる、オーラを放っていた。団塊の世代では数少ない粋な人だった。Images_6


彼の二度目の奥様は大作詞家の安井かずみさん。当時珍しかった8歳年上の女性との結婚。「異性に肌をさらす恥じらいを彼と出会って初めて知った」奔放に生きてきた38歳の安井かずみさんの発言は当時結構ぐっときた。安井さんが闘病生活を送っている時の献身的な看病。美談と語られ、彼自身もTVなどでそのことを語った。が翌年オペラ歌手の中丸三千絵さんと再婚。。それはないよ、と呆れた。しかし、一人の男と女の出会いと別れに関して考えさせられた。中丸さんとも5年も前に離婚していたと今回の死去で初めて知った。彼の私生活をまったく知らないから類推にすぎないけれど、ひとりでいられない人だったのかもしれない。そう思えば、安井かずみさんの死後一年で再婚した理由も納得できる。

今年この世を去った音楽家は彼ひとりではない。Images_3
ケニー・ランキンはAORでデビューしたけれど、音楽のジャンル分けできない音楽家だった。ボサノヴァ、ビートルズをジャージーに歌い上げる様は見事だった。どんな音楽も彼の中で一つになった。

Elliepiano
エリ-・グリニッチは1960年代初頭ニュー・ヨークはビリル・ビルディングで生み出された星の数ほどのポップソングの内エヴァー・グリーンたりうる名曲を数多く書いた女性。なかでも夫でもあったジェフ・バリーと組んでフィル・スペクター制作の重要な作品を書いた「BE MY BABY」「DA DOO RON RON」「CHAPEL OF LOVE」「BABY I LOVE YOU」「LEADER OF THA PACK」どれもが奇跡のようなメロディーとリズムをもつ曲だ。ダスティ・スプリングフィールドをもっと元気にしたような歌声で2枚のアルバムも残している。彼女自身の歌うワルツ仕立ての「BE MY BABY」も素晴らしかった。。

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PPMのマリー・トラヴァース、ザ・ヴェンチャーズのボブ・ボーグルは60年代初頭フォーク・ソング、エレキ・サウンドブーム先駆けの音楽家。金髪を揺らし熱情的に歌い上げるマリーの姿はまさしくその後強くなっていく女性の象徴だった。Images_4
ボブ・ボーグルはベース担当だったけれど、当初はリードギター。「WALK DON'T RUN」の名演奏は今年マドンナなどと並んでロックの殿堂入りした表彰式でも後任のメンバーがそっくりに演奏していた。

合掌。


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