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去りゆく2014年 あなたたちを忘れない

今年(2014年)も師走を迎えた。様々な出来事があった一年だったけれど、11月には高倉健氏の逝去があった。TVで追悼番組が放送されたがNHKのドキュメント(再放送)が興味深かった。3・11以来毎日聴き続けている曲があってそれは山下達郎の「希望という名の光」だそうだ。また本番前には控え室でリラックスするため必ず好きな音楽を聴くそうで、収録された日はニーナ・シモンの「ミスター・ボージャングル」が流れていた。最期まで役者を貫いた人で、私生活は謎に包まれていたが、この音楽センスだけから見ても世間に流布する「健さん」とは相当かけ離れた実像があったのではと想像する。

そんな高倉健を「大根役者」と切り捨てた田中次郎名物館主の名画座「蠍座」が閉館するそうである。僕と同い年と思われる彼の経営姿勢にはシンパシーを感じていた。世代でくくる安易さを承知して書くがポスト団塊と呼ばれるわれわれの世代は健さんのセリフではないが「不器用」なのだ。団塊の世代の人たちのように要領よくやれない。お情けにすがったり、頼ったりできない。リーフレットに書かれた彼のお別れの文章は、潔よいものであったが読みようによっては未練溢れるものであった。18年は短かった。もっと続けて(戦って)欲しかった。

狸小路に70年間あった「中川ライター店」が閉店するそうである。札幌の男子ならすべてが知っている、玩具屋(と一言で言い表せないのがこの店の深さでもあった)。扉を開けたらもうそこは夢の世界。TVドラマチャック・コナーズ主演「ライフル・マン」のあのライフル銃がカウンター内に飾られていた。欲しくて欲しくてずっと眺めていたが親は買ってはくれなかった。振り返れば、手に入れたものよりも手に入らなかったものへの記憶の方が強いような気がする。そんなものだらけだった「中川ライター店」。いつまでもそこに在って欲しかった。

高倉健氏の死去が伝えられた日に、アメリカ映画監督マイク・ニコルズ氏逝去を知った。高倉健氏と同い年だった。彼が映画「卒業(The Graduate )を撮ったのは35歳の時。その当時は随分オヤジと思っていたのだが、今振り返ればよくその歳で撮ったものだ。アメリカではベビー・ブーマー世代(アメリカの団塊世代)に圧倒的に支持された映画であるが、日本では多少タイムラグがあるようで公開当時高校生であったポスト団塊世代によりインパクトを与えたように思う。映画「卒業」がなければ、僕の人生の軌道は違っていたかもしれない。僕にとって人生で最も大切な映画だった。高齢になっても映画を撮り続けたマイク・ニコルズ、「卒業」以上の映画は作れなかったが、「卒業」の後「愛の狩人」「キャッチ22」と続けざまに送り出された問題作にも衝撃を受けた。

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