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WHEN I'M SIXTY-FOUR 今からずっと先のおはなし

僕の住む札幌は11月の降雪としては62年ぶりという大雪に見舞われ、あっという間に冬が始まった。大慌てで冬タイヤへ履き替えにガソリン・スタンドへ向かったが、スタンドは意外に静かだった。雪国に住む人は、「備えあれば憂いなし」が徹底されている。「今年の冬は遅いね」などと脳天気に構えていたのは僕だけなのかもしれない。大通公園二丁目のミュンヘン市が始まった。幻想的な冬を演出する素敵な空間。これから迎える過酷な冬を過ごす住民へのご褒美だ。

クリスマス商戦もたけなわ。そんな時期ビートルズの「1」が発売された。2000年に出たビートルズのナンバーワンヒットシングル曲を集めたアルバムがさらにデジタル・リマスターされ生まれ変わった。特典映像付きのセットもあり、発売日はNHKのトップ・ニュースにもなったようだ。Photo_8


今の若者は洋楽を聴かなくなったと言われて久しいが、ビートルズはどうなのだろう。音楽の専門学校でロックの歴史講座を受け持っている友人に言わせると入学生の半数はビートルズを知らないそうだ。その話を聞いて最初は驚いたが、これからの時代を作っていくのは彼らなのだから勝手にさせておこう。

僕がビートルズを映画館のニュースで知ったのは1964年のこと。特に「りんご」と呼ばれる鼻の大きな男のことが気になった。しかし彼らの音楽に魅了されるほどまだ自分は熟していなかった。ビートルズに自分を重ねるようになったのは、Photo_14


「ペニー・レイン」/「ストロベリー・フィ-ルズ・フォーエヴァー」が発表された頃のように思う。高校受験に失敗しいじけていた頃にこの二曲が発表された。極上のポップなメロディーを持つ「ペニー・レイン」の方がヒットしたが、その頃の自分の気分は「ストロベリー・フィールズ」にフィットした。ジョン・レノンが少年期に過ごした家の近くにあった孤児院をモチーフにしたこの曲は、それまでのポップ・ソングの概念を覆すもので、ビートルズは明らかに変貌を遂げようとしていた。その頃歌詞の意味など全然わからなかったけれど。


「サージェント・ペパーズ」が発表されたのは、英米では1967年の6月。その頃のビートルズはシングル曲をアルバムに加えない方針だったのでペパー構想にあった「ペニー・レイン」「ストロベリー・フィールズ」同月に宇宙中継された「アワー・ワールド」で歌われた「愛こそはすべて」はペパーから外れた。この3曲が加わっていたら「サージェント・ペパー」は世紀の名盤になっていただろう。
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この三曲が外れたことで、A面トップ曲候補に浮上したのが「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」。当時ちょっとした流行になったニュー・ボードビル・サウンドの先駆けともなった曲。今からずっと先のこと、64歳になり髪が薄くなってもヴァレンタイン、誕生カードやワインを贈ってくれる?僕はヒューズを取り替え、君は暖炉のそばでセーターを編む。庭いじりをしたり草を抜いたり、これ以上望むものはある?永遠に僕のものと言ってくれる?そんな僕を64歳になっても必要としてくれる?食べさせてくれる?といった内容を持ついつか訪れる人生の黄昏時を歌った曲だ。

ビートルズプロデューサージョージ・マーチン自作著「メイキング・オブ・サージェント・ペパー(水木まり訳)」によると、この曲はポールが当時64歳になった父親に捧げた冗談ソング、ボードビル物へのひやかしと捉えられているが、それだけではなくポールの「地獄に対する個人的見解」の歌なのだそうである。歌詞の裏を読めば「年をとるって最悪だね。平凡、単調、空虚、貧困、決まりきった仕事」。Photo_12


映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」において「ポールのおじいさん」が重要な役で登場する。映画でビートルズは爺さんを徹底的にやっつけた。爺さんをネタに古臭いものの否定にかかったのだ。老人は厄介で、狡猾であることが描かれる。そして最後には爺さんの機転でビートルズは救われるのだ。ポールが10代の頃に書いていたと言われている「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」は様々な屈折した老人への感情が込められてるのだろう。でなければ、一筋縄でいかない「サージェント・ペパーズ」にこの曲が加われるわけがない。ポールはこの曲をコンサートで未だに歌ったことがない。
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映画「ガープの世界(ジョージ・ロイ・ヒル監督)」で絶妙に使われていましたね。

自分がいつの日か64歳になるなど、宇宙の存亡と同様想像を絶するものだった。時間というお金では買うことができない未来が無限にある、はずだった。1966年12月6日は「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」のレコーディング・セッションが始まった日だそうである。49年前の今日だ。そして僕はあと三日で「地獄」の64歳を迎える。


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