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A SONG FOR YOU レオン・ラッセル逝く

大通公園のホワイト・イルミネイションが点灯され、札幌は一年で最もロマンチックな季節を迎える。そんな大通公園8丁目に面する大通公園ホテルがひっそり閉館した。雪だるまがトレードマークの小さなビジネスホテル。1970年代初めから同じ佇まいでそこにあった。


訃報が相次いでいる。レナード・コーエンが亡くなり、リリィが逝った。レナード・コーエン本人の歌は苦手だったが、他人が歌うと名曲だとわかった。ジェニファー・ウォーンズのカバー・アルバムは今でも愛聴盤だ。名曲「ハレルヤ」も多くの歌手に歌われている。リリィとは一度だけ酒を飲んだことがある(30年以上前の大昔の話)。とても明るい人で飲みっぷりも良かった。腕を組んではしゃぎながらすすきのを闊歩した。楽しく飲んでいたのに途中から彼女は姿を消した。探したら隣のゲイ・バーですっかり人気者になっていた。映画「リックヴァンウィンクルの花嫁(2016)」の演技は素晴らしかった。ご冥福をお祈りします。

「レッキング・クルー」と呼ばれた1960~70年代半ばまで活躍したスタジオ・ミュージシャンのドキュメンタリー映画が今年日本公開され、特典映像だけで3時間以上あるDVDも発売された。レッキングクルー関連の情報は数年前に出版された「レッキングクルーのいい仕事」という本など近年活発なので、映画自体からの新たな発見は少なかったけど、様々なミュージシャンへのインタビューで構成される特典映像は見応え充分だ。

レオン・ラッセルへのインタビューが抜群に面白い。人を食った彼の話をどこまで信じていいのかわからないけれど、14歳でジェリー・リー・ルイスのバックバンドに採用され音楽家としてのキャリアをスタートさせ、2年間ツアーに参加していたという。ゲイリー・ルイスとプレイ・ボーイズの仕事もレオンのものだが彼は全然気に入っていなかったようだ。ちなみにゲイリー・ルイスの父親はジェリー・ルイスという喜劇役者、ジェリー・リー・ルイスとは別人なのでお間違えなきように。

幼少時の病気で手と足に欠陥を抱え、音楽家として一人前になるまで10年長くかかったというが、これも謙遜だ。ピアノ、ギター、管楽器・・何でもござれの天才ミュージシャンだった。ザ・ベンチャーズのキーボードも彼のものと言われている。僕がポップ・ミュージックに目覚めた頃、すでに彼は若くして第一線のスタジオワークをこなしていたわけだ。

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今でも細々と3~4曲の印税が入ってくるが(スーパー・スター、ア・ソング・フォー・ユー、マスカレード・・・)とても借金を返せない額なのでツアーを続けていると語る。細々どころかそれらの曲の印税だけでも莫大なものと思うが、一体いくら浪費したのだろう。すべてにおいて規格外で1970年代を語るとき、外せない人だった。だった、と書くのが悲しい。


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