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周回遅れランナーのつぶやき

世の中の変化のスピードが増している。と感ずること自体年寄りの仲間入りしたのかなとは思う。パワハラ、セクハラへの考え方も大きく変わってきた。変化についていけず失言や失礼な行為をやらかすオジ様、おじいちゃまは後を絶たない。

再放送「前略おふくろ様2部(1978)」の最終回を見ていたら、川谷拓三演ずる利夫が一方的に恋焦がれてきた拒絶する桃井かおり演ずる海ちゃんにビンタし黙らせておいて、強引な告白をする場面があった。このドラマの一つのクライマックスだった。しかし利夫のこの告白手段は今この時代に見たら(見ないだろうけど)、特に女性は「きもい」としか感じないのではないか。恋の気分はいつの時代にも変わらないのだろうが、今の時代その表現を誤ると大変なことになってしまう。

映画「卒業(1968)」は10代の自分の何かを目ざめさせてくれた大切な映画であるが、今の時代の若者が見たらどう感ずるのだろう。ストーカー映画と言われても、僕には返す言葉がない。そう断定されてもしょうがないストーリーなのだ。


昨年放映された倉本聰久々のTVドラマ「やすらぎの郷」でも、老人施設に勤める若い女性が帰宅途中暴走族に暴行され、老人たちが復讐を果たすという場面があって驚かされた。女性への凌辱が、単なるドラマの素材にしか使われなかったのだ。「忘れるのよ、忘れなさい。そうやって女になっていくのよ。」と登場人物に慰めの言葉を言わせている。いつの時代のドラマなのだろうか。


古本屋で見つけた倉本聰と並ぶ脚本家の巨星山田太一の1984年のエッセー集を読んでいたら、「男に乱暴された娘が、以後セックスに拒否反応を示すというような話を聞くと、なんだかひ弱な印象を受け・・」という記述があった。同じ1934年(昭和9年)生まれの両氏、昭和一桁生まれの男の認識はその程度のものなのだ。その後男たちの認識は変わったのだろうか。


セクハラ、パワハラはその被害を受けた側がどう感ずるかでであって、加害者、傍観者にその是非を判断する資格はない。「その程度のこと」と思う気持ちが時代に取り残されている証左だ。今後様々な問題に直面する機会が増えるだろうけど、女性が勇気を持った時代は確実にいい方向へ向いていると思う。ただ恋愛はますます厄介なものになっていくだろう。面倒、と思う妙齢者が増えているというのもわからないでもない。


スターバックスにおける黒人差別事件はアメリカで様々な波紋を呼んでいるらしいが、この点に関しては日本人の自分には微妙なところがわからない。日本人は飲食店に入店してオーダーしないなどということはほぼ皆無だからだ。ノーオーダーで居座った客に、さて警察に連絡するかはわからないが、そこに差別意識がなければスターバックススタッフの気持ちは良くわかる。全店を半日休業にして社員教育をしたというスターバックス首脳からはこれ以上マイナスイメージが拡散しないよう、早く嵐が過ぎ去るようにという意図が透けて見える。これは差別とは別の問題だと従業員を擁護する方法だってあっただろう。謝って臭いものにふたのほうが、よっぽど問題がある、と考える自分は周回遅れのランナーなのかもしれないが。

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SKY IS THE LIMIT 21世紀の二宮光

2018年も早四月を迎えた。春は新たな出発の時期でもあるが、別れの季節でもある。

札幌市狸小路3丁目周辺の再開発が進んでいる。再開発といっても札幌駅周辺のように行政がかかわった周到なものではなく、一私企業にゆだねられているようだ。老舗菓子舗「千秋庵」のビルが解体中だし、現在ドン・キホーテが入店するサン・デパート・ビルも今月中に営業を終える。隣接する松竹遊楽館劇場がかつてあった建物のテナントもとうに撤収している。マンションが併設された高層商業ビルになるようだ。


1960年代初めにできたサン・デパートは思い出深い。デパートという名を冠したテナントビルで、様々な店舗が入店していた。どこの楽器店だったのだろう、レコード売り場があった。友人の長尾達君がピーター、ポール&マリーかキングストン・トリオのLPレコードを買いたいというので休日付き合った。当時中学生がアルバムを買うことは命がけだった。試聴室にこもること数時間、結局買ったのか買わなかったのか記憶にないが、PPMを聴くと今でもゲップが出る。

地下にあったカレー店も高校生時からお世話になった。うまかった。一時メインテナントだった電気店YESも重宝した。大型店の道内進出であっという間になくなってしまった。

出発といえば、大谷翔平だろう。素晴らしいピッチングデビューを飾った。100マイルの直球(フォーシーム)、スライダー、カーブ、スプリット・フィンガー・ファースト・ボール(フォーク)を投げ分ける。バッティングも規格外でこの先どこまでの可能性を秘めているのか。
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昭和30年代、少年マガジンに連載されていた「ちかいの魔球(福本和也原作ちばてつや作画)」全9巻は擦り切れるまで読んだ。少年時の宝物だった。主人公はサウスポー投手二宮光。ちばてつやの絵は主人公をきれいに描いた。鼻がツンとしたさわやかな横顔は大谷翔平をどこか思わせる。二宮光は3種類の魔球を発明した。打者の手元でふわっと浮き上がる第一の魔球、球が五つに見える第二の魔球、そして第三は消える魔球。この第3の魔球で肩を壊した二宮光はサンフランシスコ・ジャイアンツ戦で完全試合を達成し、そっと球界を去る。

註 記憶は変質します。サンフランシスコ・ジャイアンツではなくデトロイト・タイガーズ。
  完全試合ではなく完封。ブラッシンゲーム(のちの阪神ブレイザー監督)をきりきり舞いさせたシーンはよく覚えています。肩は第一の魔球の時にすでに痛めていたそうです。

大谷翔平の存在が漫画的とよく言われる。うなづく部分がある。現実的にあり得ないと思われていることに大リーグで挑戦している彼は僕にとって現代の二宮光である。SKY IS THE LIMIT(可能性は無限)、球場でボードを掲げているファンがいた。無事これ名馬、故障なく活躍し僕らを驚かし続けてほしい。


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